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ベトナム語通訳者日記

美しい訳と正確な訳:ベトナム語通訳者日記

今回は、ベトナム語などの通訳者のアウトプットする訳文に関して、美しい訳と、正確な訳という点から検討します。

まず、「理想的な、非の打ち所の無い訳文とはどの様な訳文か?」という点を考えて見たいと思います。おそらく、「原文が伝えようとしている事柄を過不足なく伝えているという点で正確な訳であり、かつ、翻訳調でなく、訳文で書かれたかの様にととなった美しい訳文」が、理想的な訳文でしょう。

とはいえ、この両方の点を同時に満たす事は、実際には難しいことです。

しかし、私がベトナム語の通訳の仕事を行ってきた経験から、他の通訳者による訳出に関して最も疑問を感じるのが、「意図的に、訳の正確さをねじ曲げて、訳の美しさを実現しようとする通訳者がいる」という事です。

この様な状況は、パーティーなどの、ムードが重要な場での通訳の現場でよく発生します。例えば、あるパーティーでのスピーチで、ベトナム人が、ある冗談を言ったとします。この時に、日本人通訳者が、「この様な冗談は、この場には相応しくない」と判断して、その場に相応しそうな内容に変更して訳してしまう事があるのです。これは、「通訳者が、外国人にユーモアのセンスに拒否感を示した」事が原因ですので、日本人の話者の冗談を、ベトナム人通訳者が改変してしまうという状況もありえるでしょう。ベトナム人のスピーチをベトナム人が訳す、または、日本人のスピーチを日本人が訳す場合には、そのまま訳してしまうことが多いような気がします。

私は、「通訳者の責任、職務は、ありのままに通訳する事であり、内容が相応しいかどうか、相応しくない内容の場合に生じた結果に関しては、通訳者の責任範囲外である」と考えていますから、この様な、内容を改変するという訳の方法には賛成できません。

それどころか、国際交流の場での醍醐味の1つである、「文化の違いから生じるすれ違いのおもしろさ」が消えてしますのではないかとも、思います。「ベトナム人はすごい発言をするなあ、日本人とは違うなあ」という感動を味わえなくなってしまうわけですから。

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