私は、ベトナム語などのテキストを使う際には、初級レベルのテキストを何冊も買います。

通常は、初級レベルのテキストでベトナム語を勉強した後は、中級レベルのテキストに進む人が多いと思います。

しかし、私は、初級テキスト1→初級テキスト2→初級テキスト3→初級テキストn→と進み、中級レベルのベトナム語テキストに進むのは、出来る限り遅らせる様にしています。「初級テキストからは、得られるものが何もない」という段階になって、初めて、中級レベルのベトナム語テキストに進みます。理由は以下の通りです。

テキストはだいたい、できるだけ短い時間やスペースでできるだけたくさんの言い回しを教えようというようにできています。だから、3課に出ている単語は、つぎの4課にはほとんど出てきません。もちろん5課にも6課にも出ません。一番基本的な単語以外は、どんどん新しい単語を入れます。

よくあるパターンでは、たとえば3課はレストランで、4課は郵便局、5課は病院、6課は駅とか、そういういろいろな生活の場面が出てきます。各場面では挨拶ぐらいは同じですが、レストランではいろいろな料理を注文しますし、駅ではどこに行く列車とか、往復か片道かとか、そういう単語が出てきます。そしてテキストの課以降を読むときには、毎回わからない単語ばかりが出てくるという感じなのです。

すでに三カ月も勉強したのに、ほとんど毎日やっているのに、まだここに出ている単語は全然わからないと、とても嫌な気持ちになります。ほんとうに何の進歩もないと思えて、落ちこむかもしれません。

そこで私がやっているのは、いろいろなテキストを合わせて使うことです。Aというテキストをしばらく勉強したら、別のBというテキストを見るのです。基本的な五○○ぐらいの単語は同じですから、Aというテキストに出てきた単語は、Bというテキストにまた出てきます。もちろん出てくる順番はちがっています。だから、ちがうテキストを読んでいるときには、「この単語はもう知っている」「この単語も知っている」というように知っている単語がたくさん出てきて、うれしくなるのです。そしてBのテキストをしばらく使ったうえでまたAのテキストに戻ると、また知った単語が出てくる。こうして、自分はいかに進歩したかを感じながら、ベトナム語の勉強ができることになるのです。

また、この様に、初級のベトナム語のテキストを何冊も使うことによって、同じ表現と、さまざまな文脈で接する事ができるため、表現をより深く知る事が出来るというメリットもあります。

「ものは考えよう」と言います。一かたまりの知識のうち、自分の身につけている部分と、身につけていない部分があります。身につけていない部分、具体的にはまだわからない単語もたくさんある。そこに目を向けると、「まだ道がすごく長いな」と思います。でも、身につけている部分を見ると、「これも知っている。これも知っている」と思って、「私はいろいろなことを勉強した」とか、「3課も無事に読めた」と思えば、気持ちがよくなり、もっとやる気も出てきます。ベトナム語のテキストの値段はそんなに高くありません。そうではないのです。学校に通ったり、ベトナム語の個人レッスンを受けたりすれば、毎回、数千円のお金がかかります。そのくらいで一冊のテキストが買えるのです。もっと安いテキストもあります。ほんとうにお金を使いたくなかったら、まわりの人に借りても良いです。使っていないテキストを持っていませんかと聞いたら、みんな意外と持っています。また図書館で借りるのも一つの手です。

数学や物理の場合には、一つの分野を勉強しようと思ったら、その本をだいたい全部読まなければなりません。でも、外国語の場合には、中途半端に勉強してもまったく害はありません。

お母さんは子供に、今日は食べ物の言葉を教えて、明日は交通機関の言葉を教えてとか、そういうように系統的に勉強させるのではありません。だから、子供は言葉が自然に身につくのです。大事なのはつづけることです。実力は自然についてくるし、楽しくすればするほどその効果も上がります。

ベトナム語テキスト